蜜愛フラストレーション


同時に、萌は俺と距離を置くことを始めた。

あれほど振る舞ってくれた料理をしなくなり、冷蔵庫の中やキッチンには一切触れなくなった。

置いてあった化粧品や着替えもすべて持ち帰ってしまい、俺のマンションからは萌の痕跡が徐々に薄くなっていく。

一番堪えたのが俺の呼び方で、“北川さん”としか呼ばない。つまり、ふたりで会うのは仕事の延長線上だと告げているようなもの。

さすがにこれは看過出来ないと伝えたが、萌は頑として譲らず。最終的にベッドの上で半ば強引に頷かせた。

俺たちの間に生じた見えない隔たりは大きくなるばかり。どんどん萌の中から自分を消されていくのが堪らなかった。

ここまで追い詰めた自分の愚鈍さを悔いても遅い。そこで一刻も早くするべきは原因の排斥だと。

それまでずっと、寸前まで耐えながら時機を窺っていた自身を愚弄するしかない。

五十嵐親子を黙らせるだけの材料は揃えてあった。いや、それほど社内での悪行が過ぎたのが正しい。

その証拠を持って課長が上層部に掛け合った結果、五十嵐彩は大阪支社への転勤が決定する。

唯一残念なのが、父親である専務について。立場と自らの派閥の末端を使い、社に不利益なことを行っていたのだ。

それまでずっと課長と俺はひそかに内偵を続けてきたが、専務の横行を断罪する証拠は見つけられなかった。

専務は紛れもなく黒。しかし、決定的なものを掴めずにグレー止まり。疑わしきは罰せず、不問となったのだ。

本当は五十嵐彩とともに一掃する予定だったが。萌のためにも、課長はまず娘だけを処分しようと言ってくれた。

課長自身、かつて五十嵐彩の嫌がらせから後輩を守ってやれず。その女性の方が異動するという理不尽な目に遭った。そのため、五十嵐親子をのさばらせる状況に我慢の度を超えていたのだ。

こうして行われた五十嵐彩を断罪する席に俺は参加していない。それは専務の内偵が続いていたから。

娘が好意を寄せる相手とあり、専務はこれまでも俺を派閥に引き込もうとしていた。これを利用しない手はない。

そのため表面上は課長ひとりが矢面に立ち、五十嵐親子や五十嵐派閥からの恨みを一身に買うことになった。

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