蜜愛フラストレーション

この扇情的な顔をした北川氏を見れば、社内では色めき立つ女性が続出するはず。

かくいう私も、かつてこの魔力にあてられ昏倒しかけたひとりなのだが、社内恋愛に憧れは皆無。シンデレラ・ストーリーに夢見る時期はとうに過ぎており、これでもスリルより安定を求める質である。

それなのに、こんな状況に陥る度、普段ひた隠しにしているはずの本能は彼の手であっさり引きずり出されてしまう。なんて短絡的で意志薄弱なのだろうか。

どこか焦れったい感覚を纏わせながら瑞々しいリップ・ノイズが鳴り、唇の温度とともに彼の香りが鼻腔を掠めていく。深みに嵌まりたくないのに、この距離を詰めて欲しいと贅沢なことを考えてしまう。

不確かで脆弱な関係が息苦しいはずなのに、もっとこの指で触れて欲しくて堪らなくて。心と体のアンバランスさが露見するばかり。

「んっ」

いつしか壁際へと追いやられていた私は冷たい壁に背を預け、キスが深まるほどに吐息と脳内は熱に冒されていく。

薄く開いた口に差し入れられた舌と舌先が触れ合うと、スーツがシワにならないよう気をつけながらキュッと掴む。すると、すかさず歯列をなぞられ、ぞわりと粟立つような感覚が背筋を走る。

そこで足と足の隙間に膝をグッと割り入れられ、さらに身体が密着した刹那、遠慮がちに掴んでいたジャケットを思わず強く握ってしまう。

熱に浮かされながらも薄目を開くと、嬉々とした顔でこちらを見ている北川氏と目が合った。これはヒールで彼の足を踏んでもいい合図なのか?と一瞬考えたが、ここは職場の一角。

ピカピカに磨き上げられた革靴にビールの跡がつくのはまずい。色気だだ漏れで弄ぶこの男に対し、冷静にジト目を送るだけに止めたことは褒めて欲しいと思う。

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