蜜愛フラストレーション
一瞬の静寂の中、俺の隣でノートパソコンを静かに閉じた紀村さんを見やる。
彼女は我関せずといった面持ちだが、その瞳で冷ややかに専務を一瞥した。
普段は“女傑は冷酷”などと言われているが。だったら、萌を体を張って助けるはずがない。
この場に萌がいない。――その原因に激怒しながらも、試作室を離れた自らを悔やんでいる。そのことが申し訳なかった。
たっぷり時間を置き、専務の様子をしばし窺っていた社長。
しかし、諦めの境地に入ったのか、身じろぎもしない専務に呆れて本題に戻った。
「株主の立場ならば、派閥や年功序列なんてくだらないものが経営を苦しめ、利益を阻む社内体制にはノーを突きつける。
皆さんの中には、専務を支持される方もいらっしゃるのだろうが。足を引っ張り合うこの現状を、どうお考えなのか教えて欲しい」
そう問いかけた社長の眼光の鋭さが増して。シン、と水を打ったように静まり返る室内。
それに付随して、不自然なまでに動揺した役員が数名見受けられる。
「時機を逸するほどそのダメージも大きい。経営陣として、会社の危機には一刻も早く手を打つのが我々の役目だと私は考えている。違うかね?」
社長は淡々とした声音でさらにこう重ねた。
そこで保身に走るのなら、情報提供をした総務部長と同じ。焦って専務の言いなりになるのなら、萌を襲った人事部長と同類。
さて、どちらに転ぶ……? この場で俺たちもまた、竦み上がる役員がたを選別している。
とはいえ、この場であぶり出しも行うあたり、社長も加担していた者への温情はかけないだろう。
会社の規模が大きくなればなるほど、どうしたって群れが出来上がってしまう。だが、派閥なんてじつにくだらない。おべっかなんて社外で役に立たない、と俺は思うが。
大群の中で安全パイに身を据えたようでいて。結局は足かせになり、最後は自分の首を絞めるのだから。
今回、この件で萌はまた深く傷つけられた。いや、俺が守りきれなかったせいで心にも体にも深い傷を負ったのだ。
大事な人をあれほどまでに傷つけられて、誰が権力に胡座をかいたヤツらを許せる……?
ただし、社長をはじめ俺たちは正攻法で立ち向かうのが信条。たぬき連中には頭脳戦で欺くのがちょうど良い。
社内に恐慌政治を強いたのが、ピラミッドの頂点に君臨する専務。ゆえに、彼にはこれまでの悪事を償う必要があるのだ。