蜜愛フラストレーション
衆人環視の状況で、次に粛正されるのは誰か、と室内は重い緊張に包まれていた。
そこへドアの外が俄かに騒がしくなり、次の瞬間、ガチャリと音を立て会議室のドアが開かれた。
その扉の向こうには、どうやら会議中だと制止していたらしい社長秘書の姿もあった。
「お取り込み中のところ失礼いたします。まだ終わらないようだし、そろそろ待ちくたびれまして」
無遠慮にもそう言ったのは、長い髪を後ろでひとつにまとめ、妖艶な微笑を浮かべたスーツ姿の男だ。
その横柄な態度に、あからさまに不快な顔つきに変わった役員が一部にいたが。俺たちはそれを見て、ひそかにほくそ笑んだ。
「ああ、申し訳ないね。少々時間がかかった」
それは社長も同じ。その男を咎めるどころか入室を促したのだから。
社長の言葉に一笑のみを返す男を残して、秘書の手で静かに会議室のドアが閉じられた。
その男が誰なのか分かっている者は口を噤み、未だに分からない者は眉を顰めている。
「皆さま申し遅れました私、月花と申します。まずは重要な席を中断させた非礼をお許し下さい」
一礼して名乗った男の正体が明るみになり、一瞬会議室はざわめき立った。
そこで顔を上げた男は和やかな表情を見せる。――そう、この場に乱入してきたのは百合哉だ。
その瞬間、バン!とテーブルに両手を叩きつけた専務。直前まで、空木さんと社長の断罪によってうな垂れていた男とは思えない。
「貴様ら……兄弟で私をコケにする気か!?」
激情まみれの声と目を向けられても、「コケにしてるのはどっち?」と百合哉の声は平然としている。
「何だと!」
「では、お伺いしますが、“誰と誰が兄弟”だと?」
「だから!菅原とオマエがっ」
「はい、それで充分ですよ。この件は公然の秘密……皆さんの中にも、お気づきの方もいらっしゃるようですね。これまで見て見ぬ振りをして下さったおかげで、兄も働きやすかったかと存じます。感謝申し上げます」
周囲を見渡すと一笑を浮かべた百合哉。その言葉には一部の者への皮肉も込められているだろう。