蜜愛フラストレーション

それから専務に視線を戻すと、その瞳は氷のように冷たくなった。

「専務、貴方ご自身がコンプライアンス違反そのものではありませんか?」

この一面を見る度、兄弟揃って冷酷だと俺は思う。……百合哉は認めようとしないが。

「なに!?」

「先ほど兄から断罪された件然り。そして兄が入社する際、約束をしたこともお忘れになりましたか?
いかなる時も我々、月花の素性を口外した時点で法的措置も辞さない、と」

この場面で極悪のおっさんを甚振って、怒りを増幅させる百合哉が愉悦混じりに笑った。

ぐっ、と言葉に詰まった専務から視線を逸らす。そこで社長に了解を得た百合哉は、全体を見ながら話し始めた。


「専務が私どもとの約束を反故にされたので、皆さまにも簡単に事情をお話しさせて頂きます。
先ほどの約束というのは、五十嵐彩さんの身勝手な行為を止めさせるのが本当の目的でした。
彼女とは同じ学校に通っておりましたが、当時は彼女の行き過ぎた行動により、私は心を病む寸前まで至りました。
異常なまでの付きまとい、身近な者への嫌がらせ……そして、ここにおります北川くんとは同級生なのですが、彼もまた五十嵐彩さんの被害者のひとりでした。
しかし、彼が盾となって助けてくれたおかげで今があります」

百合哉の穏やかな一瞥により、一気に俺へといくつもの目が向けられた。

そこで俺は周囲に小さく一礼し、無言を貫く。これで肯定したと同じ。

今は俺が余計な口を挟む時ではない。――やり込められる立場にある百合哉の仕事だ。


「この件を警察沙汰にしないために、一切の行為を止め、我々には近づかない旨の定約を専務と五十嵐彩さんと交わしたのです。
ちょうどその頃に兄が御社に就職したこともあり、兄の顔を知るおふたりには口止めを“お願い”いたしましたが。
我々を愚弄するのもいい加減にして頂きたいですね」

簡単に暴露した百合哉。実はブラックな一面を持ち、やり手の経営者であることを萌には隠している。

なんでも、可愛がる萌には知られたくないとか。まあ、萌も薄々気づいているようだけど……?

そこへ、「さて」と口を開いたのは行方を見守っていた社長だ。

「何故、ここに月花の専務がいらっしゃったと思う?」

< 162 / 170 >

この作品をシェア

pagetop