蜜愛フラストレーション
十四.そでをしぼる
『萌……どうして』
朝一番に名古屋から駆けつけてくれた両親は、私の顔を見るなり泣きそうだった。
久しぶりとなる娘との対面が病室。しかも言葉も発せず、その顔が無惨に腫れているのだから。
娘たちに甘い父は悔しさを滲ませた声で、『退院したら地元で休もう?』と言ってくれた。
けれど、その優しさに私は頑として首を縦に振ろうとしなかった。
ふとした瞬間、事件が脳裏を過ってしまう。その度に自分が汚く感じて、生理的な涙が溢れていく。
ひとりが怖くないと言えば嘘になる。大丈夫、と言いきれる余裕だってない。
それでも、今回の事態を招いたのは私のツメの甘さが原因。この状態を放棄して逃げるわけにはいかない。意固地でもそれが本音なのだ。
頑張ってきた仕事も放りだしたくない。責任だって多少はあるし、今の仕事は大変でも好き。……何より、優斗ともう離れたくないから。
ちなみに両親ともに働いており、それなりの立場にいるので、突然休みを取るのはお昼過ぎまでが限界のはず。
どこでも仕事は出来るが、それで済むとはいえない。両親は激務の中、ほんの数時間のために新幹線に飛び乗ってきてくれたのだ。
昔は寂しいと感じたときもあった。社会人となった今、忙しいふたりがいかに子供に愛情を注いでくれたのかが分かる。
“迷惑ばかりかけてごめんなさい”
スケッチブックにそう書いて見せたところ、ふたりは何度も首を振って否定した。
『いくつになっても子供は子供よ。萌のためなら、私とパパは“何でも使って”守るから。もし帰りたくなったら連絡して? すぐに迎えに来るから、ね?』
名残惜しそうな顔で私の頭を撫でてくれた母の言葉は、今の私に安らぎを与えてくれた。
“わがままを許してくれてありがとう”
こう書き伝えた娘が、一度言い出すと利かないことはよく分かっているから。
あれほど渋っていた両親も最後には折れ、担当医から病状の説明を聞いたあと帰っていった。
そうして、またひとりになると、途端に孤独感に見舞われる。
ぞくぞく、と悪寒が走る中、まるで心にぽっかりと大きな穴が空いたような感覚が消えない。
ズキンズキン、と痛む頬を手鏡で見てみると、明らかに殴られた側の顔面が腫れていた。
ふぅ、と溜め息をひとつ落として、現実を映す鏡をしまった――。
「……ということで、専務もろとも葬り去ったから」
シン、と静寂に包まれた病室に、じつに業務的というのか、淡々とした紀村さんの声が響いた。
お昼を過ぎた頃、大事な会議を終えて病室に来て下さった彼女は、役員会であった出来事を洗い浚い教えてくれたのだ。