蜜愛フラストレーション
失声症については、昔のドラマで見た覚えがあって何となく分かるのだけど。まさかそんな病気に自分がなるなんて、これが素直な感想だった。
「斉藤さん、深呼吸ってとても大切なの。自然のお薬だから、良かったら意識して呼吸を深くしてみてね」
女性医師の物腰の柔らかさは、心の治療を専門とする医師だからなのだと思わせる温かな言葉と笑顔。
そんな彼女と向き合う私は、自然にコクンとひとつ頷いていた。
「今は体がオーバーヒートしてるの。ゆっくり休みなさいってサインが出るんだから、大丈夫よ!
あなたは何も悪くないわ。もし自分を責めたり、悩んだり、苦しい時はどんな形でも良いから吐き出してみて? もちろん私でいいけど、あなたの周りの人は必ず受け止めてくれるから」
まるで私の心が透かして見えているような女性医師の言葉に、ここでもまた泣きそうになった。
優斗に汚い体を晒したことが慚愧に堪えず。言葉が話せない自分は役立たない。迷惑ばかりかけて皆のお荷物になっている。
そんなことばかりを病室の中で考えて、暗闇を脱する出口は一向に見えてこなかった。
気を抜くと涙腺が緩みやすくなっているのも、心が弱りきっている証拠なのだろう。
こんな時、やっぱり一番に思い浮かぶのは優斗の顔で。どれほど自分の中で彼が大きな存在なのかを実感させられる。
時間が掛かるかもしれない。けれども、優斗に弱い自分と向き合うと誓ったから。また心から笑えるように治療に専念しようと思えた。
「それで……精神薬を使うことに抵抗のある方もいるけど、ぐっすり眠りたい時や落ち着きたい時には頼っていいの。私は処方したいんだけど、斉藤さんはどうかしら?」
決して押し付けがましくなく選択肢を与えてくれる女性医師に、緊張と不安に揺れる心が少し凪いでいく。
ひとりになると恐怖に苛まれてしまう。そんな状態が正常なわけない。
多少の抵抗感を打ち消すように、必要なものだと割り切って軽めの精神薬を処方して頂いた。
そして今はまだ頬が腫れているため、数日ほど様子を見てから失声症の治療を開始すると言われ、診察がようやく終了した。