蜜愛フラストレーション

ちなみに、遠慮なく毒を吐くユリアさんの声は女性にしては低い。
姿勢の良さを誇る背も私が見上げるほどに高くて、その体つきも線は細いものの筋肉がついており、首に目を向けると喉仏があるのが分かる。

ユリアさんは、心や仕草などが女性よりも女性を極めた男性なのだ。

「若さなんて一瞬なの。自分で老化に気づく前に体内では老いが始まってるのよ。萌ちゃんみたいな鈍い干物さんは、老化に気づいてから焦るクチね」

外見や仕草には品を纏いながら基本的にストレートな物言いなので、怠惰な干物は正論という名の毒針を毎回チクチク刺されている。

「……当たり過ぎてて何も言えない」
「当然でしょ。これで反論するなら、アイツの前で肌年齢を測定させるわ」

グラスを手に持ったユリアさんがお酒を口にして一笑するが、アイツこと北川氏に見られながらの公開処刑を思いつくあたり、彼らの思考はやはり通じるものがある。

「うわぁ、鬼だ」
「仮定を言ったまでよ。ところで今度の日曜って空いてる?」
「日曜ですか?はい、暇ですよ」

「干物ですから」と自虐的に重ねれば、ユリアさんの瞳に哀れみの色が混じったことに嫌でも気づく。
開き直ったがために、どうやら呆れを通り越して不憫に感じているようだ。

その困ったような顔つきにも色っぽさが漂うので、さすがに私は女として間違っている気がしてくる。

遠い目をする私に「仕方ない子ね」と言って、温かい眼差しで再びグラスを傾けるユリアさんを窺い見る。

グラスを持つ手のしなやかさに姿勢の良さ、お酒とともに穏やかに流れる時間も嗜む大人の余裕がありありと感じられた。

日々の努力を怠らずにいることは容易ではない。ゆえにユリアさんには努力の成果とそれに基づく内面からの輝きが溢れているのだろう。

「それなら八時に迎えに行くわ。朝イチで美容院予約入れとくから寝坊しないでよ?」
「了解です、ありがとうございます」
「もし寝坊したら、アイツにキス百回の刑が待ってるわよ〜」
「スポーツジムで90分トレーニングに変更で」

予定のない休日は寝溜めしようとする私のクセを知られているので忠告してきたのだが、ここでまた彼を引き合いに出すとは。

「一度きりのスポーツより、女性ホルモン促進させる方が綺麗になれるって」
「……精神的ダメージ受けそうですけど」

げんなりとする私を見てニヤリと笑うあたり、相手にとって地味に痛い罰をよく分かっている。

「あ、でもアイツへのご褒美になるのは腹立つ」
「いや、そもそも遅刻しませんから!」
「ふふふ、萌ちゃんの垢擦りタイムが今から楽しみね〜」

しまった、と気づくが時すでに遅し。最初から遅刻自体を否定しなかったので、からかわれていたのだ。
ここは不気味に笑うユリアさんの迫力と、その微妙なネーミングに苦笑いするしかない。

グラスの中身を飲み干すと立ち上がったユリアさんは席を立ち、そのままバーカウンターの中へ向かった。

「ねえ萌ちゃん、今日もいつもので良い?」

そして私の真向かい側に立つと、艶やかな眼差しでそう確認してきた。

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