蜜愛フラストレーション

私が「お願いします」と返すと、にっこり笑ったユリアさんが動き始めた。

間接照明の光が慣れた手つきで動く指先のネイルの光沢感を際立たせ、バーテンダーとしてもそつなくこなすユリアさんのポテンシャルの高さが垣間見える。

そんなユリアさんと知り合いになれたのは、当時お付き合いをしていた北川氏がこの店を紹介してくれたから。

普段は優秀なスタッフさんにこの店の運営を託しているそうで、基本的にオーナーが店にいることはないと言うが、友人の北川氏が事前に連絡した時は例外となる。私の来店情報が筒抜けになるなのもそのせいだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

やがて今夜もオーナー自らの手で軽くステアされて出来上がったものが目の前に置かれた。
ロング・グラスに注がれた爽やかな飲み物を見て、今頃になって喉の渇きを感じてくる。

「やっぱり美味しい」
「当たり前よ。この私が作るんだから」

ステムを手にして一口飲んで頬を緩ませたところ、彼女は当然といった面持ちで返してくる。

「ユリアさん何回も聞くけど、これを作るときの秘訣は?」
「何回聞かれても教えない。飲みたくなったら連絡しなさい」
「うん、ありがとう。確かにこの味は再現出来ないかも」

他店でカクテルを飲むことはあるのだが、確かにユリアさんが作ったもの以上に美味しいとは感じられない。

ここで私がいつも頼むのは、このミモザというシャンパン・ベースのカクテルだ。

黄色い花を咲かせるミモザから名づけられたというオレンジ色のドリンクは、フルーツの瑞々しい甘さと、シャンパンの気泡と仄かな辛味が相まってとても口当たりが良い。
今夜も暑さと疲れ切った身体に染み渡るような味わいに心が凪いでいく。

「萌ちゃん、いいから早く飲みなさい」

実はユリアさんにはカクテル作りの大会で受賞経験があるそうで、そのカクテル作りの名手には美酒を味わってちびちび飲んでいることは見透かされていた。

「えー、もったいない」
「カクテルくらい何杯でも作るって、いつも言ってるでしょうが」

ユリアさんの生み出すカクテルはこの店の常連客でさえ滅多にありつけないというのに、なんとも贅沢なひと言を貰えてしまった。

「そんなこと言って大丈夫ですか?しょっちゅう連絡するかもしれませんよ?」
「萌ちゃんの性格上しないってよく分かってるわよ。もちろん遠慮はいらないけどね」
「ありがとう」

色々と謎のある人だけれど、軽口を叩きながらも人を喜ばせるための研鑽は惜しまず。毒舌ながらもあれこれと世話を焼いてくれるユリアさんに感謝をしつつ、グラスに半分ほど残っていたミモザをぐいっと飲み干した。

< 23 / 170 >

この作品をシェア

pagetop