蜜愛フラストレーション
それから私が席を立とうとしたところで、ユリアさんはカウンター内にいる男性スタッフさんに声を掛けた。
「敦ー、バックヤードにいるからよろしく」
そのスタッフが了承するとユリアさんは目で合図を送ってきたので、特別にカウンターの中に入れて貰う。
その男性は運営を任されているバーテンダーさんで、私はそのスタッフさんに会釈をしてからユリアさんの後に続いていく。
店の奥にあるバックヤードとなっている部屋にはドアがあり、その扉を開けて待つユリアさんに促されて頭を下げて中に入る。
その手でドアを閉めたユリアさんも部屋の中に入ってきた。
穏やかな時間の流れる店内よりも静寂に包まれたこの部屋は、十畳ほどの空間に食材を保管するパントリーや収納力に優れたドレッサー、小さなテーブル席を備えたスタッフ専用の休憩所らしい。
「……いつお邪魔してもシンプルですね」
「はっきり言っていいのよ?地味だって」
ちなみに、店内のインテリアなどはユリアさんの好みによって選ばれている。
イングリッシュガーデンを連想するローズ柄やキラキラと輝きを放つシャンデリアといった、華やかさと居心地の良さを掛け合わせた品のある空間に仕上げたそうだ。
対照的に、この部屋は先ほどのスタッフさんの趣味で設計されているらしい。
白と黒を組み合わせ、モノトーンにまとめられた部屋にはじつに無駄がなくミニマリストを彷彿とさせる。
「個人的にどっちも好きなんですが、正反対ですよね」
「向こうがチカチカするからここくらい目を休ませてくれって、頑として譲らなくてさー」
「極端すぎる……」
きらびやかでシックな空間から、物を最小限にとどめた究極のシンプルなこの部屋を訪れる度に妙な感心をしている。
順応性に乏しい私はアンバランスさに未だ慣れずにいるのだが、きっとスタッフさんたちの適応力は高いのだろう。
「萌ちゃん早くここ座って!」
「分かりました」
素早い動きで準備を終えたユリアさんから急かすように呼ばれ、慌ててそちらに向かう。
誘導されるようにヘアドレッサーの席に着く。
そのスツールの真後ろで少し屈んで立つユリアさんと鏡越しに目が合った。
「今日も腕が鳴るわねぇ」
「お、お手柔らかに……」
「ふふ、それは難しい話ね。諦めなさい?」
笑顔の下に隠れた、この有無を言わせぬ押しの強さ加減はやはり北川氏と似ている。
類は友を呼ぶ、と結論づけても無理はないと思う。