蜜愛フラストレーション

ユリアさんは不思議な人だけれど、きっと何をしても器用にこなす人なのだと思う。
徹夜明けでぐったりしている身に、静寂の中で優しい手にマッサージをして貰えるこの至福……。

ああ眠い、ああ瞼が下がりそう、もう無理。抗えない幸せな眠気に絆されて意識を飛ばしていたら、不意に左右の頬をギュッと摘まれた。

「起きなさいっ!」
「いたーいっ!」

ほぼ同時に互いの声が室内に響いたところで、ばっちり目の開いた私が鏡越しに彼女を睨むが効き目はない。それどころか手を離したユリアさんの冷笑が返ってきた。

おかげで頭はすっかり冴えたが不満の残る私に対して、今度は真面目な顔をして話し掛けてきた。

「いい?自分で自分の変化を見逃さないで。これ以上、諦めたり妥協するのは許さないから。愛しの優斗が来る前に、自分の価値を少しでも分かって欲しいの」
「ユリアさん……」
「もちろん、萌ちゃんの中で今も迷いがあるのは分かってるつもり。だけど、辛い時こそ優斗を頼ってやって?アイツは大好きな萌ちゃんが笑ってくれたらそれだけで幸せだから。そもそも男は単純だし、アイツは揺さぶりかけとくらいで丁度良いと思うわ」
「……ありがとう、本当に」
「私は優斗の味方なんて滅多にしないわよ。99.9パーセントは萌ちゃんの味方だから」
「それなら残り0.01パーセントは?」
「今アイツの加勢してあげたし、もうしないわ」

肌にクリームが浸透したところでベースメイクに移ったユリアさんには悪びれた様子もない。

いつになれば前に踏み切れるのか分からず、ずっと北川氏の誘いに縋って続いてきたこの関係。

曖昧な状態の私たちに素知らぬふりを通すユリアさんだが、不穏な空気を察した時は真っ先に愛情を持って叱ってくれる。きっと彼にも同じことをしているのだろう。

そんな機微に優れたユリアさんのことは人として大好きだし、とても尊敬している。
本人に直接言うと怒るので口にはしないが、本当に格好良い人だと思う。

「……単純な人なら、捕獲タイムを楽しまないですよ?」

リキッドファンデーションをブラシで馴染ませているユリアさんは、私のこの言葉を聞くなり豪快に笑い始めた。

「そんな面倒いヤツが良いんでしょ?ま、今後も私は高みの見物させて貰うわ」
「結局、永世中立の立場ですか」
「あら、弱き者の味方よ?」

そのひと言で瞠目する私に綺麗な一笑が返ってくる。
そしてまた素早く手を動かし始めたユリアさんに思わず頬が緩んでしまう。

今までだって言いたいことはあったはずなのに、加減を見極めて適切なサポートをして下さる寛大さに私は何度も救われてきた。

今夜もこの優しい空間で、ユリアさんのおかげで変わりつつある外見のように、少しずつ私も変わりたいと願った。

——彼を待ちわびるこの時間さえ愛しいものだと実感しながら。

< 26 / 170 >

この作品をシェア

pagetop