蜜愛フラストレーション
困惑している私に温かな双眸をもって微笑みかけてくる彼。茶色の瞳の中に映るほどの近さに、グッと息を呑んでしまう。
徐々に私たちにある距離が狭まっていると気づいていた。けれども、眼差しと香りに抗ったりはしない。
まるでスローモーション動画を眺めているような感覚の中で、角度を変えた彼の唇が触れてくる。
重なり合う温度、柔らかさと甘く痺れるような感覚はよく知るもの。
しかし、今はどこか他人事のように考えてしまって。目も伏せることも忘れ、受け身でキスを受け入れていた。
放心していたところへ、チュッと軽やかなリップノイズがやけに反響して響く。
そこでハッとした私は、相手も同じく目を開けたままだったと気づく有り様だ。
視線の絡み合う中、不意に下唇を優しく食まれる。舌先でぺろりと唇を舐められると、あっさりと唇の触れ合いは止んだ。
それでもなお、鼻が触れるほどの近さにある、仄かな熱を帯びた眼差しからは目が離せない。
あんな生易しい触れ合いでは息も上がらない。それは彼もまた然り、不満だと顔に書いてあるのだ。
「何考えてる?」
間髪入れず、淡々とした低い声が問い質す。興ざめさせた理由を問われた私の視線は、そろりと明後日のほうに向いてしまう。
視界をぼやけさせていた涙もすっかり乾き、遮るものは何もない。私は短い時間で平常心をかき集めながら口を開いた。
「見ないで。ついでに今すぐこの顔の惨状を忘れて」
矢継ぎ早に言い切れば、「は?」と今度は意味が分からないといった声が返ってくる。
彼が聞きたいのはそうではないことくらい理解していた。もちろん話を逸らしたわけでもない。自らの危機意識がこちらを優先したのだ。
生易しいキスで恥ずかしがる純情さも若ければとても可愛い。が、あいにく私は乾物よろしくのアラサーである。
泣き喚いた顔は見るに耐えないはず。肌もアイメイクもドロドロ崩壊中の今、ホラー映画限定でこのまま出られる自信はある。