蜜愛フラストレーション
残念な顔面の現状を嘆く間にも、涙筋の残る頬は羞恥の赤ではなく、恐怖で青く染まっているに違いない。
「貴重な泣き顔を見られて、ぞくぞくしてるけど?」
しかし、一笑した彼は顔を背けている私の頬をひと舐め。その生暖かい舌先で涙の跡をなぞった。
「舐めんなーーー!化粧と皮脂と涙で激マズなのに!って、そういう話じゃないけど!」
「だったら、萌の舌で綺麗にしてよ?」
感情のままに振り向けば視線が絡む。冗談とも本気とも取れる、甘くて低い声音が玄関に響く。
「お断り。気持ち悪かったら水でも飲めば?サディストの上に妙な性癖もあったとは、ね」
「萌限定で、ね」
私の言い方を真似て語尾を上げた彼は、ニヤリと口角を上げて笑っている。
非常事態にもかかわらず素の表情に触れると、うっ、と言葉に詰まるのは惚れた弱みだろう。
つい閉口する私の頬にキスをして靴を脱いだ優斗は、ようやく玄関から室内に入った。
「って、私、靴っ!」
そこで数珠繋ぎのような叫び声を上げる。足をバタバタさせて暴れると不安定な体勢になり、慌てて彼の首筋に抱きついてしまう。
「あとでちゃんと脱がせてあげるよ」
「ぜっったいお断り!っていうか、下ろし」
「それはぜったいお断り!」
「だから、真似しないでってば!」
「うん、萌が可愛くて仕方ないからそれは無理」
もはや論点がずれていることにも気づかない私を抱えた彼の足取りは軽やかで。そのままリビングから通じる螺旋階段を一段ずつ上がって行く。