蜜愛フラストレーション
目の前の状況が呑み込めない。そのせいで、立ち尽くす私の口からは情けないひと言が漏れてしまう。
ユリアさんに先に入って、と言われた時点で不審に思うべきだったのに。すっかり高級店に囚われていた。
「待ってたよ」
その間にも畳の縁(へり)ほどまで距離を詰めてきた人物。——それが優斗、その人だ。
白の長袖シャツの袖をまくり、ネイビーのジレ、ブラックのボトムスで締めたシンプルさが彼のスタイルの良さを際立てている。
「ますます綺麗になった」
さらに休日限定の、スクエア・タイプの黒フレームの伊達メガネを掛けているのがニクい。
いつでもどこでも挨拶するように褒めてくる彼。その双眸が光った気がするので、ユリアさんへの賛辞として適当に処理した。
「ふふ、驚いた?昨日は押し掛け女房したって話したでしょ。ほら、優斗は来週誕生日だし?ねーそれより早く入ってぇ」
言い切ったユリアさんは、入口付近で佇む私を後ろから押して中へ分け入り、襖をピシャリと閉めた。
怪力によってぐらついた私といえば、目の前の広い胸と伸びてきた腕で受け止められる羽目に。
当然だが、こちらは露とも知らなかった。しかし、誕生日と聞いて納得する自分はじつに単純だ。
——これは昨日の今日で、行動に移せという暗示か?と思うあたりもきっと……。
「オマエは色々強引だって」
当の彼は抜け出そうともがく私の後頭部を撫でながら、背後のユリアさんには呆れた声で宥めている。
「失礼ねぇ。愛する美女ふたりのご到着よ?優斗は両手に花状態に感謝しなさいよ」
「生憎、俺が愛する美女は萌だけだ。ユリアはオニサボテンってとこか?」
「は?寝言は寝て言え。私は深窓の清廉な百合の花だ。よく覚えとけ」
「大丈夫。不要な情報は聞いた瞬間忘れる質なんで」
「このあと二丁目に投げ込むぞ、オイ」
「その怪力が発揮される前に、可愛い萌とふたりで逃走するよ」
「チッ、この男ほんとウザいんだけど!あー萌ちゃんお気の毒ぅ」
ギュッと抱き締められたまま続く応酬。思わず発狂したくなるようなこの状況。
「……何この地獄、」なんて呟いていた私は、きっと悪くないはず。