蜜愛フラストレーション
七.のるかそるか
鮨店を出たところで、ユリアさんは仕事だからと自社ビルへ足早に戻ってしまった。
その場に残された私たちも現地解散かと思っていたら、彼に「ちょっと付き合って」と誘われる。
「どこに行くの?」
「予想して?」
「ずるい」と不平を漏らし、消化不良なままに彼を見上げた。
「このあと予定あった?」
「ない、けど」
「じゃあ、萌の時間貰っていい?」
こくんと頷けば、優斗は嬉しそうに笑ってくれたのに。私も同じ気持ちだと言い出せないのが歯がゆい。
木陰に隠れたくなるような強い日差しを受け、車を停めてあるという駐車場を目指し歩いて行く。
その間、差し出された手を握っていた。指と指をキュッと絡め合い、はぐれてしまわないように。
チラリと隣を一瞥すれば、こちらを見返した彼がまた穏やかに微笑むから、多少の強引さに怒れなくなる。
同時に、タイミングを逸して何も伝えられないでいる、愚鈍な自身にほとほと厭きれながら。
5分ほど歩くとコインパーキングに到着。そこはユリアさんもよく利用するところだった。
その中でミラノ市と貴族の紋章を組み合わせ、フロントグリルも特徴的な2ドアのイタリア車を発見。
車好きなユリアさんいわく、車体はコンパクトに見えるが実はよく走るらしい。何よりイタリアらしくデザインにこだわっているから選んだのかもね、と。
優斗は清算を済ませると漆黒の車のロックを解除し、左側へと乗り込んだ。
パーキングの出入り口で待つ私の目の前で停まる。窓越しに微笑む彼に促され、右側のドアを開けて素早く乗車した。