蜜愛フラストレーション


「まだ許せるわけない、か」

「……あ、」

何気なく発したひと言が過去形になっていたことに指摘されて気づく。曲のことを指したつもりが伝わらなかった。

あの頃も、こんな些細なズレが積もり積もっていったのかもしれない。チクリ、と針で刺されたような痛みを覚える。

いつの間にか曲も変わっていて。微かに流れるギター演奏曲の中、降りた沈黙がやけに重苦しい。

「前よりもっと好きだよ、俺はずっと」

「……優斗、あのね」

目の前の交差点の信号が青から赤へと変わり、車は緩やかに停止する。そこで声を発し、隣を見れば視線が重なった。

とにかく誤解を解かなければ、と慌てて訂正しようとする。しかし、苦く笑った彼の声が先に車内に響いた。

「ごめん、俺がまた」

「やめてっ!」

ここまできて、上手く気持ちを伝えられないジレンマ。何より傷ついた表情と声音に触れ、気づけば叫んでいた私。

すぐに閉口したものの、彼は目を丸くしていて。互いに一瞬固まったあと、何故か可笑しくなりふたりして噴き出した。

それから暫くして信号が青に変わり、再び正面を見据えた彼がアクセルペダルを踏み車を発進させた。

幾分この場の空気も和み、肩に入っていた力も抜けた気がする。……今しかない、と膝に置いた拳を握って口を開く。

「優斗、……もう、許す許さないの問題じゃないよ。私は、ずっと好きだから。その、上手く言えないけど、ずっと言えなくて、ごめんなさい」

思い出に残る一曲が、きっかけと伝える力を授けてくれた。——頑なに本音を言わない私に、いい加減“選ぶ”ようにと。

このまま中途半端な状態でいたくない。まして、このまま彼に罪悪感を背負わせているのはおかしな話。

かつての傷みは確かにある。しかし、彼と離れられなかった時点で答えは出ていて。今度こそ、折れない覚悟と自信が足りなかったのだ。

これまで優しさに甘えていた私のほうこそ謝りたい。……あなたを傷つけてごめんね、と。


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