蜜愛フラストレーション
立場を弁えて会おう、と決めた別れの日。それから私は、彼に対しての言動を改めることに必死だった。
慣れと共に身についた対応力も綻びだらけ。ゆえに感情を無数の茨で囲って、脆さから守る必要があった。
その茨を守るのは、鋭く硬い棘。生い茂る茨の纏うそれが、今度は心の不自由さを招くとも知らないで。
——もう何も考えたくない、と当時は強く望んだ。ただ逃げた代償として、本音を噤むクセまで付いてきたのかもしれない。
「あの時の俺は、……萌が傷ついてたことも察してやれなかった……。
事態を変えるためには多少の傷みを伴うし、これは言わない優しさだって過信してたんだ。ほんとに馬鹿で、愚かだった」
茶目っ気のある声が後悔の色を滲ませるものに変わり、虚を衝かれた私が顔を上げると彼と目が合った。
いつも自信に満ちた、優しげな茶色の双眸が今は不安に揺れている。
私は無言のまま自らのカップを手前のテーブルに置くと、彼のカップも手に取りその隣に置く。
それから隣に体ごと向けると、再び顔を合わせる。所在なげな表情の彼をじっと見つめ、そこで口を開く。
「うん、本当に馬鹿だよ」、と容赦なく言い切った。
私ごときが何を言う?のも承知のうえ。これは“馬鹿と言った奴は馬鹿”方式に則っての発言だ。
目を僅かに見開いた彼に微笑し、その胸へと抱きつく。ギシリ、と革張りのソファが音を立てた。