蜜愛フラストレーション
「……萌ちゃん?」
呼ばれてハッとした私は、向かいから顔を覗き込んでくる松木さんと目が合った。
「やっぱ、課長と何かあったんじゃ」
我に返ってみれば、ガヤガヤと昼時で賑わう社員食堂のノイズが耳に入ってくる。
午前中に行っていた事務作業も済み、素早くひとりランチを取ろうと食堂を訪れたところ、同じくひとりで食事中の松木さんに声を掛けられ今に至る。
ボリューム満点の日替わり定食の箸を止め、こちらを心配げに窺ってくるので微笑み返す。
「えー、違いますよ?……実は昨日ちょっと食べ過ぎて胃もたれしちゃってて、もう若くないなと」
「いや、萌ちゃんに言われたら俺の立場が」
「ええと、私、昔から胃腸弱くって。松木さんは健康ってことですよ」
実際に食欲もあまりなく、きつねうどんを選んでいる点からも嘘っぽく感じなかったのだろう。
松木さんはどこか腑に落ちない顔をしながらも、再び皿の中の揚げ物を食べ始めた。
「本当に何もなかった?どんなこと話したの?」と再び聞かれても、にっこりと笑い返すのみ。
やがて頑な態度に諦めたのか、彼は「味方だから」という言葉を最後に会話を締めた。
「……ありがとうございます」
ありきたりなひと言しか返せなかった私は、ちゃんと笑えていたのか分からない。
もう引き返せないところにいるのだと実感し、込み上げてくる憤りと虚しさをひた隠すことに努めた。
ーーそれが今の私に出来るただひとつのことだ、と。
のんびり食べている時間もない。適当なやり取りをしつつ、湯気の立つうどんを半ば無理やり啜っていた。