蜜愛フラストレーション
その間も頭の中を占めるのは、朝イチで課長から告げられた一件だった。
決断を迫られた瞬間、脳裏に浮かんだのは優斗のこと。そして、例の相手が優越感たっぷりに私を蔑んだ時の表情だった。
暫くの間キュッと唇を噛み締めていた私は、真っ直ぐに課長を捉えて口を開いた。
「課長のお気遣いには感謝しております。しかし、僭越ながらこの度の名古屋行きについてはご辞退させて頂きます。
直接戦うつもりはありませんが、……もう、逃げたくありません」
逃げたくないと言葉にしたのも、弱い自分を奮い立たせるためだったと思う。
何より、優斗はこのことを知っているのだろうか?答えを保留にして相談するほうが良かったのかもしれない。
但し、課長は答えを先延ばしにすることを厭う。さらに週明けすぐというこのタイミングから、時間的猶予がないことも窺えた。
それに話の中で敢えて“僕たち”と仰ったために、そこからメンバーの中に優斗がいると確信を得られた。
課長は私たちの関係に言及しないが、どういうわけか知っている。……首の皮一枚で繋がっている気分だけれども。
これらの憶測をもとに選んだ道が正しいのかは分からない。それでも、もう遅い。あとは判断を委ねて答えを待つしかなかった。
「分かった。今から出来るだけひとりにならないように。いいな?」
震えながら必死に紡いだ答えにもやはり課長は動じない。彼の脳内で描いていたプランに多少の変更点が生じただけなのだろう。
すぐに結論を出した割には不安と恐怖心が付き纏う。それゆえ、「はい」と頷き返した私の顔は強ばっていたに違いない。
「以前のこともあるし怖いかもしれないが、斉藤さんはいつも通り過ごして欲しい。そのためにも、最も頼れる相手を信じてやれ。
それと、もうひとつ忘れないで欲しいのが……」
私たちの関係の変化まで察知している課長に苦笑を返す。しかも、最も頼りたい優斗に無性に会いたくなっていることもお見通しのようだ。
けれども、その後に続く言葉によって、既に戦いは始まっているのだと思い知らされた。
ーー信頼とは何か、そんなあまりに漠然とした問い掛けとともに。