蜜愛フラストレーション
スタスタと足取りも軽い男性に腕を取られ、社屋を出ると目の前の道路の路肩に一台の車が停められていた。
そこまで一直線に向かうその人に、ようやく正気に戻った。……ヤバい、本当に連れ去られる!
「いっ、いい加減離してくれません!?」
ついに声も出て振り切ろうとその場で踏ん張ったものの、今度は引きずられていくだけ。
空は暗闇に包まれる中、点在する高層ビルと街灯がその車のエンブレムと特徴的なフォルムを私に教えてくれた。
シルバーグレイ色をしたランボルギーニ製の車は世界限定5台という代物。そのお値段は数億だったはず。
普段車を運転しないのになぜ詳しいのか?それは、この車を所有する人物から懇々と教えられたからだ。
そこで確信を得た私は抵抗を止め、もう一度その男性の顔を見上げた。
限定車には国での割り振りがあるので、都内でこの稀少な車に出合うはずがない。つまり、私の腕を引くこの人は……。
「まーだ気づかないのぉ?」
視線を受けて先ほどまでの表情を消した彼は、妖艶な微笑みを浮かべてついに立ち止まった。
その瞬間、今までの頑張りが嘘のように、あっさり腕を離してくれる。
「誘拐未遂、人さらい」
恨めしい眼差しを向けながら、ぽつりと呟いた私の頬をそっと撫でる手つきもよく知るものだ。
「やーねぇ、人聞き悪い。感謝しなさいよ」
長身のいい男のその声は低いながら、じつに柔らかな音を添えて返ってきた。