蜜愛フラストレーション
「ああ、ウチの名字がちょっと珍しいのよ。月に花って書いて、月花(つきはな)っていうの。
素性がバレやすいっていうか、色眼鏡で見られたくないのかもねぇ。あ、社内で菅原って名乗ってない?母の旧姓よ、それ」
最後に、内緒にしてねと付け加えたユリアさんの横顔は、少し困ったように笑っている。
「月花さん?……うん、一発で分かっちゃうね」
「黙ってたこと、萌ちゃん怒ってる……?」
今まで黙っていたことに引け目を感じているのか、彼女の声には不安の色が混ざっていた。
「ううん、怒るわけないよ。私にとってユリアさんは大好きな憧れの人、これで充分だったしね。
もちろん名前は大事なものだけど、中身はもっと大事でしょ?……それに、誰だって隠したいことはあるから」
今もこれまでも親身になってくれる優しい彼女に笑顔で返した。……私もまた同じだから、と。
それに、珍しい名字の資産家ゆえ出自もバレ易い。課長の本音は分からないけれども、彼女の見解が正しいのだろう。
「良かった〜。じゃあ、私もずっと気になっていたこと聞いていい?
萌ちゃんと鈴ちゃんって従姉妹よね?なんで斉藤同士なの?」
こちらの反応にホッとしたのか、嬉々としたいつもの声色が車内に響き渡る。
彼女は私を通じて鈴ちゃんと面識があるので、不思議に感じたのかもしれない。
「それはね、母が実家を継いだんだけど、おばの嫁ぎ先が偶然、斉藤さんだったの。斉藤さんって全国的に多いからあり得るよね」
「なるほどー。そういう偶然って好きよ〜。——ま、兄貴のことは放っといていいわ」
「ユリアさん、話変わり過ぎ」
声質と態度と話をころころ変える彼女のこんなところが経営者の片鱗を窺わせている。
「てことで、萌ちゃん。“片がつくまで”私と共同生活するから」