嵐の夜に。【短編】
安全な室内にいるから忘れかけていたけど、台風が来てるんだった。
「停電か?」
「そうみたいですけど……せ、先生?」
暗さに目が慣れていないせいか、先生の位置すらわからなくて、急に不安になった。
思わず手を伸ばすと、先生がそれをつかんだ。
先生の温かくて大きな手に包まれると、
ドキドキと速くなっていた鼓動がいつものペースに戻る。
そういえば。
不意に頭に浮かんだ。
『源氏物語』の末摘花の話で、
暗くて顔が見えなくて、朝になってから容姿が残念なことに気付くってシーンがあったけど、
本当に何も見えないんだ。
いつもは街灯りがあるから、
電気を消しても、しばらくして目が慣れてくれば、顔もぼんやりとだけどわかる。
本当に明かり一つない暗さというのにピンと来なかったんだ。
でも、今はあたり一帯で停電なのか、いつも以上に暗い。