bitter and sweet-主任と主任とそれから、私-
今日も7時15分。
エレベーターの開く音が聞こえて、本郷主任の規則正しい足音がフロアへ近づいてくる。
本郷主任の席あたりで足音が聞こえなくなる。
その瞬間を狙って、私は今日も給湯室から、自分の分と、主任のコーヒーを入れたカップをトレーに乗せてフロアへ向かう。
コーヒーを運びながら、
いつもの通りに、いつも通りに、
胸の中で呪文のように唱えながら、本郷主任の席の前に立つ。
湯気の出ているコーヒーを本郷主任のテーブルに置くと、私はもう一度頭を下げる。
「昨日は済みませんでした。」
「…それから、医務室に運んで頂いたみたいで…。あのっ、ありがとうございました」
想像するだけで顔から火が出そうな程、恥ずかしくて頭を下げたまま勢いのまま言うと、頭の上から本郷主任の声が降ってきた。
「安藤、お前想像より重かった・・・。おかげで今日は腰痛が・・・」
「えっ?!」
あまりのショックな言葉に頭を上げて、本郷主任の顔を見ると、吹き出しそうな顔をして私を眺めていた。
はぁぁぁぁあ
本郷主任の前なのに、そんなこと関係なく大きなため息が出てしまう。
「体調治ったら、ダイエット頑張ります」
そう言って頭を下げて、自席に戻ろうとすると、
「嘘だよ。お前、痩せすぎ。今度、また飯食いに行くぞ。肉食うぞ、肉!!!」
振り返って
「ありがとうございます」
ニコッと笑って見せたけれど、本郷主任は机に背を向けて新聞に目を通していた。
その背中から不器用な本郷主任の優しさが伝わってきて、私の胸に温かいものを満たそうとしていた。