bitter and sweet-主任と主任とそれから、私-

私が固まって、声もかけることも出来ずに突っ立っていた。


時間にしたらほんの数秒だろうけれど、その時間は実に数分にも、数十分にも思えて、全ての時間が止まっているように思えた。



唯野主任がちらりと入口に目をやった時に、私に気付いたようで、唯野主任が身を引くようにして、その唇同士が離れた。


離れたのを名残惜しそうにしながら、エリカ先輩も私にようやく気付いた。

 



エリカ先輩、私たちが付き合っていること知っていたよね?

 



そう、疑問に思うほど、エリカ先輩は焦ったり、その場を取り繕う様子すらなく、少しだけ小悪魔のように笑いながら、

「あら。ごめんなさいね」

一言だけ言った。



それは、誰に、そして何に対してか分からない謝罪で、それでも悪びれるそぶりもなく、勝ち誇ったような目で私を見つめていた。



「…社用の携帯電話、忘れてしまって」



私が返すことが出来たのは、その言葉だけで。


息もどうやってすればいいか分からないほど、慌てながら、どうにか会議室の中に入って、自分の座っていた場所へ移動しようとする。

 

「唯野主任、例の件、よろしくお願いしますね。それでは、失礼いたします」

私が動き出すのとほぼ同時にエリカ先輩は、唯野主任にわざとらしく丁寧に挨拶しながら、私の横を通る。




「何も、知らない方が幸せってこともあるのよ」


唯野主任には聞こえないほど小さな声で、私に囁いて、エリカ先輩は会議室を出て行った。

 
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