結婚したいシンドローム=特効薬は…あなた?【完】

「吉美田さん、今からちょっといい?」


駅に着く寸前、奥田主任が急に立ち止り、私の顔を覗き込む。


「一杯、付き合ってくれない?この近くに以前、よく行ってたバーがあるんだ。久しぶりにあの店のカクテルが飲みたくなった。君も一緒にどう?」

「あ、でも……」


奥田主任が変な下心で私を誘っているんじゃないってのは分かってた。でも、彼は楓ちゃんのフィアンセだ。楓ちゃんに悪い気がして返答に困る。


「さっきの事で君と少し話しがしたいから……確かめたい事もあるし」

「さっきの事ですか……」


そう言われたら断れない。「楓ちゃん、ごめんね」と心の中で詫び、コクリと頷く。


彼に連れて行かれたのは、雑居ビルの5階にある"ディップ"というバー。


柔らかいオレンジ色の照明が照らすカウンターに並んで座ると、シェイカーを振っていたロマンスグレーのマスターらしき男性が近づいてくる。


「奥田君じゃない。久しぶりだね。アメリカから戻って来たの?」

「えぇ、やっと帰って来れました」

「それは良かった。それで、斎藤君は?彼はまだあっちに居るの?」


斎藤君って、一輝の事?一輝もここの常連さんだったんだ。


「斎藤さんもこっちに戻って来ましたよ。その内、顔出すんじゃないかな?」


久しぶりの再会にふたりの会話が弾み私は何気に置いけぼり。そして、やっとマスターがこっちに視線を向けたと思ったら「奥田君の彼女ですか?」って聞いてきた。


「あ、いえ……」と首を振る私の横で、奥田主任が意味深な微笑みを浮かべる。


「この人は斎藤さんの彼女ですよ」


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