ベビーフェイスと甘い嘘
……わざわざ休みを取るなんておかしいと思ってた。
柏谷 灯(かしわや あかり)さんは修吾のいとこだ。
修吾の亡くなったお義父さんの妹さんの子どもで、修吾よりも10歳年下。お互い一人っ子だった事もあり、きょうだいのように仲が良いのだと修吾からは聞いていた。
羽浦市内の総合病院で働く医師と結婚した彼女は、私達と同じく羽浦市内に住んでいた。
一人息子の悠太(ゆうた)くんは小学校一年生。翔より2つ上のお兄ちゃんだ。
そんな灯さんは半年前に、佐藤から旧姓の柏谷に戻った。7年間連れ添った夫と離婚したのだ。
多忙な旦那さんは、柏谷家の集まりにはあまり顔を出さない人だったから人となりは分からなかったけど、夫婦には色々あるからと離婚した事に関しては特に疑問は持っていなかった。
離婚するまでの経緯を灯さんが修吾に相談していて、修吾がずっと彼女の力になっていた、と親戚の噂話で聞かされるまでは。
修吾が私に話をすることはいつも決定事項ばかりで、相談に乗ってもらったことなんて一度も無かった。
妊娠した時も、出産したら仕事を続けるのは無理だろうと言われて好きだった司書の仕事を辞めた。
なのに出産して一年も経たないうちに、今度は仕事を探せと言われた。
修吾が営業の途中に立ち寄ったサンキューマートでスタッフを募集しているのを見て、コンビニぐらいならお前でもできるんじゃないか?と言われた。
一つずつ、修吾の決定事項に従っていく度に、段々と自分は無価値な人間なんじゃないかと思うようになっていった。
誰でもいい。代わりはいくらでもいる。そんな人間に。
私が唯一私として認識されている場所は家族だけで、それだけを頼りに5年間を過ごしてきたのだ。