ベビーフェイスと甘い嘘

思えば私達は、お互いのことに今まで踏み込まないような会話しかしてこなかった。

私だって、あの日直喜がしあわせから逃げたいと言った訳を知りたいと思って誘いに乗ったけど、結局聞いていない。


興味が無くなった訳じゃない。

たぶん……私は直喜に興味を持って、逆にこうして踏み込まれるのが怖かったんだ。


『俺のことをもっと知って』


彼の目はそう言っている。直喜のことを知ってしまったら……私が今大切にしているものや守らなければいけないものが壊れていくような気がして怖い。


「当たり前でしょ?だって直喜は名前も秘密にしてたじゃない。隠されたものをわざわざのぞくほど趣味は悪くないもの」

目を反らして、軽い口調で冗談のように言葉を返した。

「でも直喜のこと、だいぶ分かってきたよ。名前も知ってる。歳も知ってる。住んでる場所も仕事も知ってる」

「短冊に何を書いたかはまだ知らないから、月曜日にはちゃんと探すからね」


そこまで言うと直喜は「茜さんの為に書いたんだから、ちゃんと探してね」と穏やかな口調で言った。


どんな表情をしているかを見るのは怖くて、振り向くことができなかった。
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