ベビーフェイスと甘い嘘
「あなたがだらしないから、こんな事になったのね。とてもじゃないけど、これからそんな大きなお腹で結婚式なんかできないわ。……あぁ、みっともない」
結婚しますと夫の実家に挨拶に行った時、義母は初対面の息子の彼女にこんな言葉を放った。
夫の実家は、県の北の方の加津市(かづし)にある。市内でも有数の旧家だ。義母は40歳を過ぎてから生まれた一人息子の修吾を溺愛していて、籍を入れる前に妊娠した私に遠慮のない言葉を次々に吐いた。
確かに結婚前に妊娠した事は、お義母さんくらいの世代の人には許しがたい事だったのかもしれない。だけど妊娠してからすぐに挨拶に行ったのなら、こんなに酷くなじられることは無かったかもしれないのに。
この瞬間に、私の結婚への憧れは粉々に砕け散ったのだ。
妊娠してから何ヵ月かは不安な日々を過ごした。
それでも、最終的に何があっても守るから俺の子どもを産んで欲しいと言った夫のことは愛していたし、信じようと思った。
そんな愛だって今はもう……どこにいったのか分からないし、取り戻す気にもならない。
***
「茜ちゃん……ぼんやりしてるけどどうしたの?酔っちゃった?」
裕子さんが心配そうに聞いてきた。
予想もしていなかった結婚式だったけど、出席を決めたのは裕子姉さんと千鶴ちゃんにも会いたかったからだ。
だけど奈緒美ちゃんと会話をしてからはなんだか心が重苦しくなってしまって、久しぶりの二人との会話を楽しむ心の余裕がすっかり無くなってしまっていた。
「……調子に乗って飲み過ぎちゃったみたいです。ちょっと座ってきますね」
「暗いんだから、足元気を付けなさいよ!」
「はーい」
私は二人に向かって軽く手を振ると、ガーデンスペースの横に立つ式場に向かって歩き出した。