ベビーフェイスと甘い嘘
ぽたり。ぽたり。
私の身体を弄んでいる彼の艶やかな黒い髪に、幾つもの雫がかかる。
ひっく……
少しだけしゃくり上げると、直喜は驚いたように顔を上げた。
視線が絡まった瞬間、直喜は「……ずるい」と言って、私から静かに身体を離した。
分かってる。直喜の本当の気持ちやこうしている理由を何も聞こうとしないで、ただ泣いている私は確かにずるい。
でも言葉や疑問を挟む余裕も何もなく、強引に事を進めたのは直喜の方だ。
そう思いながらも私は、今だって抵抗することを忘れて疑問の言葉すらも口にすることができずにいる。
代わりに涙だけが頬を伝っては落ちていった。
「もう……いい」
溜息をひとつ溢して、直喜は私から身体を離した。
「もう一人で帰れるから。……茜さんも気を付けて帰って」
そして「……ごめん」と小さく呟くと、振り返らずにそのまま行ってしまった。
残された私は壁に寄りかかりながら、その場にずるずるとしゃがみこんだ。
……直喜の事が分からない。
怒りに満ちた顔も、ぶつけられた欲情も。
いつも飄々として、私のことをからかいながらも優しく笑いかけてくれる彼とは、何もかもが違っていた。
小さな子どものようにぎゅっと自分の身体を抱き締めたまま、私はしばらくそこから動くことができなかった。