ベビーフェイスと甘い嘘

これは恋ではなくて……




「ーーみて!いま大きいお魚およいでたよ!」

「ほんとだ!すごーい!!」

無邪気にはしゃぐ子ども達の声が聞こえる。

市内から車で一時間ほどかけて来た水族館は、土曜日ということもあって多くの家族連れで賑わっていた。

久しぶりにパパと出掛けるのが嬉しいのか、悠太くんと会えたのが嬉しかったのか、翔はずっとはしゃぎっぱなしだ。

「あんまりはしゃぐと、転んじゃうよ」

水槽の手すりに手をかけて、よじ登ろうとした翔の背中を押さえてダメだよ、と軽くたしなめた。

「茜さん」

声をかけられて振り向くと、すぐ後ろに灯さんが立っていた。

スキニーパンツにカットソーを合わせただけのシンプルな格好でも、私より年下だとは思えないくらいに大人っぽく見えるのは、彼女のスタイルがいいからだと思う。

シュシュで無造作に片側に纏めあげられた髪形は、後れ毛がちらりと見えて色っぽい。


「今日はありがとう。悠太も私も久しぶりに出掛けたから楽しい」

お礼を言われてフフッと微笑まれた。

何だか含みのある笑顔に見えたけど、気のせいだと思うことにした。

「茜さん、その服可愛いね。いつもと感じが違うけど似合ってるな」

「灯さんだって素敵じゃない」

とっさにそう返したけど、内心はドキリとしていた。


***

「あ……茜ちゃんっ、どうしたの!何があったの?!」

昨晩芽依の家に着いてリビングに入った途端、私の様子を見た芽衣が血相を変えて駆け寄って来た。

驚くのも無理は無かった。
着ていたブラウスとジーンズは所々汚れていて、右手の甲にはうっすらと血が滲んでいる。

さっきまで泣いていた顔は、たぶんメークも取れてぐしゃぐしゃのはずだ。
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