ベビーフェイスと甘い嘘

建物の中に入ってふぅ、と息をつく。

いつもならこれぐらい飲んだだけで酔うことなんてほとんどない。

だけど今日は憂うつな気分のほうが勝ってしまったのか、なんだか身体がふわふわとして落ち着かなかった。


確かクロークを抜けた所にある喫煙スペースの前にベンチがあったはずだ。荷物を預けた時に何となく目に入っていた。


ふらふらとベンチに近づいてドスッと腰を下ろした。

あ、今の感じ……『どっこいしょ』ってやつじゃない?

無意識でやっちゃうなんてね……と自分に苦笑いをする。



誰にも見られなかったかな……。そう思いながら周りを見渡すと、喫煙スペースにいる男性が目に入った。


濃紺のスーツに身を包んだその男の人は、私と目が合うと人懐こそうな顔でにこりと笑った。


……見られちゃった。


うつ向いて恥ずかしさに赤くなった頬を押さえていると、頭の上から「大丈夫ですか?」という声がした。


いきなり耳に届いたふわりとした柔らかな声に驚いて顔を上げると、いつの間に側に来ていたのか、さっきのスーツの男性が目の前に立っていた。
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