ベビーフェイスと甘い嘘

涙の意味も自分の気持ちも分からないけど、修吾とはもう一緒には暮らしていけない。これだけははっきりしている。

右手を見る。ガーゼが貼りついた手は、一見痛々しく見える。

だけど、心のほうが何倍も傷ついていて、傷口はずきずきと傷んで涙を流し続けている。


「……修吾がね、この怪我を見ても何も言わなかったの。一言も触れてくれなかった」


心配して欲しかった?ううん。そんな事じゃない。


『どうしたんだ、それ?』そんな一言も出て来ないくらい、修吾にとって私の存在は小さいものになってしまっていたという事だ。


……何だ、必死になっていたのは私だけか。


私は修吾に失望した。


無価値な私が私でいられるのは、家族の中だけだと思ってた。

だけど、いつの間にか修吾の中の家族に、私の居場所が無くなっていた。


翔は朝起きてすぐに「ママ……痛いの?どうしたの?」と心配そうに右手を擦ってくれた。


今、私の家族はこの子だけだ。……修吾はもう、家族じゃない。


シフトの被るほんの一瞬で気がついて「大丈夫?」と怪我を心配してくれた九嶋くんや、コンビニに乗り込むほど心配をしてくれた芽依の方がよっぽど私のことを気にかけてくれていると思った。


「芽依。たぶん……これから色々迷惑をかける事になるかもしれない」

「……言うと思った。迷惑だなんて思わないからね。だから、何かあったらちゃんと話して。茜ちゃんが私より可愛い子と仲良くしてるなんてイヤだよ」


『可愛い子』とは九嶋くんのことだ。

全ての事情を知っている様子で仲裁に入って来た彼の事も、芽依はずっと気になっていたらしい。
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