ベビーフェイスと甘い嘘

「近かった?ごめんね。コンタクト外しちゃってたから」

そう言って、九嶋くんはローテーブルの引き出しから眼鏡を取り出してかけた。

厚いレンズでおしゃれとは言い難いフォルムの黒ぶち眼鏡は、私が昔かけていたものとよく似ていた。

じっと見ていたら「どーしたの?」と聞かれてしまった。

「九嶋くんって眼鏡に構ってないんだなぁって思ったの」

「あぁ、これ?外でかけることなんてないからね。眼鏡は野暮ったくなるし、似合わないし。人がかけてるのを見るのは、大好物なんだけど」


大好物の意味は分からなかったけど、野暮ったく見えるからなんて昔の自分の事を言われたみたいで、少しだけドキッとした。


「フレームの形が悪いんじゃないの?おしゃれなのもあるのに。ノンフレームの眼鏡とか似合いそうだけどなぁ」

「ノンフレーム?店長みたいな感じ?あの人にはなかなか敵わないでしょ。目と眼鏡のバランスが完璧だよね」

「……完璧?だから冷たく見えるのかしらね。眼鏡から冷たさがにじみ出てるもん。やっぱり、ノンフレームはやめたほうがいいわ。九嶋くんまで冷たい人になっちゃう」

「ねーさんって、店長のこと苦手そうだよね」

「苦手って言うより、大嫌い」

キッパリとそう言うとまた九嶋くんは面白くて堪らない、と言った様子でクックッと笑った。


ここ一週間、シフトに入っている間中、新商品の入れ換えだとか、季節商品の配置だとかのレイアウト関係のことばかりをやらされているのだ。

いい加減揚げ物やお掃除や商品を補充したりする通常の(ゆるい)業務が恋しくなってきていた。
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