ベビーフェイスと甘い嘘
あまりお客さんが来ないのをいいことに、適当に商品を補充したり並びを揃えながら、あの男に誘われるままに車に乗り込んだ時のことを思い返す。
……あの男だって、私と同じく嘘つきに違いなかった。
***
「ねぇ、名前教えてくださいよ」
「好きな名前で呼んだらいいじゃない。何でもいいよ。キャサリンでも、不二子でも」
私の投げやりな言葉に、男はハンドルを握りながらくすくすと笑った。
「じゃあ、俺もジョージとかにしときます?『キャサリン』と『ジョージ』って呼び合いながらするの?……俺、笑っちゃってタタナイかも」
『タタナイ』って言ったね……
隣の男の横顔をちらり、と見る。
もう親切な人のふりをするのはやめたようだった。
「できないんだったら駅前で降ろして。で、今日のことは綺麗さっぱり忘れて」
露骨な言葉に内心動揺しつつも、顔を背けて負けずに冷たく言い放つ。
何でそう思ったのかは分からないけど、主導権は渡したくなかった。
「嫌ですよ。タクシー代わりにされるくらいだったら、ここで降ろします」
式場を離れて暫く走っているけれど、まだ市内までここからは10分以上かかる。こんな山周辺で降ろされたらたまらない。