ベビーフェイスと甘い嘘
「お祝いの席なのにお酒も飲んでないし、車で来てたのって誰かを送る予定でもあったんじゃないの?」
話題を逸らしてみる。
そんな私の言葉に、またちょっとだけ顔を歪めながら男は答えた。
「みんな子どもじゃないんだから、俺がいなくても適当に帰れるでしょ」
……それはそうだけど。
「あなただって、お友達置いて来たくせに」
具合が悪いと言って会場から抜けて、そのままいなくなってしまったのだ。さっきから携帯にはひっきりなしに二人からのLINEが入っていた。
『調子が戻らなかったので先にタクシーで帰ります。ごめんね』
それだけを送信すると、私はぐったりとシートにもたれかかった。
私が乗っているのはタクシーじゃなくて、行き先も家じゃない。嘘の言葉ばかりが並んでいるスマホの画面を見ながら、私ははぁ、とため息をついた。
そんな私の様子を見て、くすくすと笑いながら男が運転している左手を伸ばしてきた。
男の人にしては細くて長い綺麗な指が、私の手の上を動き回る。
手のひら、甲、指の間、指先と、形を確かめるかのように何度もゆっくりと撫でられた。
触れる指先は少しだけ温度が低くて、酔って体温の上がっている私の手を男の指が滑る度に、ゾクゾクと寒気にも似た疼きが起こり、全身へと広がっていった。
やがて男は指を絡めるようにして手を繋ぐと、握った手にキュッと力を入れてきた。
まるで『覚悟はできてる?』と聞かれているようだった。
『とっくにできてるわよ』そんな感情を込めて、私も手をギュッと握り返した。
そのまま車は駅前から少し外れて、ホテルのある通りの方へと向かって行った。