ベビーフェイスと甘い嘘
「直喜と一緒にいたっていう、浴衣美人の話」
翔には聞こえないくらいの声で囁かれた。
知ってるくせに……意地悪なんだから。
ニヤニヤと笑いながら話す九嶋くんの肩を、無言でバシッと叩いてやった。
「この噂話は後できっちり確認するから。ねーさんも頑張りなさい」
優しいけど……ちょっと意地悪な友達の激励を受けて家路へと向かう。
車の窓越しに流れて行く夜の景色を見ていると、ふと直喜と一緒に行った『sora』で見た窓からの景色を思い出した。
暗闇を走る、幾筋ものオレンジの光。
あの時は遠くぼんやりと見えていた景色の中に、今私はいて、その中を同じ速度で走っている。
はっきりとその流れを身体で感じている。
同じように、あの時とりとめなくぼんやりと考えていた夫に対する疑いは、だんだんとはっきりした形となって、私の目の前に姿を現しつつあった。
……たぶん、私にとって今日が修吾と話し合うべきタイミングなんだ。
そう決心すると、喉の奥がすっと軽くなったような気がした。
大丈夫。私は話せる。
ずっと嘘で塗り固めて見えないようにしてきたこの感情だって、噛んで砕いて飲み込んで……
自分の言葉としてちゃんと吐き出せるはず。