ベビーフェイスと甘い嘘

「それでいいんだよ。多少は突き放して冷たくしないと、慕われる以外の余計な感情もくっついてくるからな。前に家まで押し掛けられたことがあるって言っただろ?それな、客だけじゃなくてスタッフにもやられたから」


確かにこんな整った顔の人が優しくスタッフに声をかけたりしたら、何人も勘違いする女の子が出てきちゃいそうだ。


そうか。冷たい態度は最初から計算済だったってことか。


『店長はクレバーだけど、クールな人ではないと思うよ』


前に九嶋くんがそう言ってたけど、ほんとにその通りだったんだ。


私は自分の事ばっかりで、今まで人の気持ちを考えたり、向き合うことをしてこなかった。こうして私の事を考えてくれている人がいたって事にも気がつかなかったなんて……ほんとに周りが見えてなかったんだな……


「イケメンって、大変ね」


「ああ。だから俺の言葉を好意と勘違いしない人ってのが、社員に推す人の絶対条件。その点でも柏谷さんは全く問題無しだろ?」


『イケメン』を否定することもなく、店長は笑顔で手を差し出してきた。


その笑顔は私が今まで見てきた営業スマイルでも、愛想笑いでもなく……その整った顔立ちには似つかわしくない、甘く無邪気さを感じさせる笑顔だった。


こんな顔もできるのね……


店長の『素』の笑顔の破壊力、凄すぎる。


私だってそんなに耐性は無いんだから、勘弁して欲しい。


その気じゃない人まで惚れさせてしまうような危険な笑顔を見せられて、握り返した手に余計な緊張が走ってしまったことだけは、絶対に誰にも言わないでおこうと思った。
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