ベビーフェイスと甘い嘘

夏祭りの後、『ウサミ』で流れた噂。


違和感を感じたのは、直喜は翔を抱っこしていたはずなのに、手を繋いでることになっていたって事だったけど……よく考えたらそんな事は問題じゃなかった。


噂を流した人は……いつ私達を見ていたんだろう。

出店を歩いていた時は、二人の隣には奈緒美ちゃんがいて、私は裕子姉さんと千鶴ちゃんと一緒に歩いていた。

その時なら、翔の母親が私だと知っていなければ私が直喜と一緒にいたっていう噂を流せるはずがない。


じゃあ……いつ?


図書館へと向かう道?アーケードの中?

だったら、子供とじゃなくて『女と手を繋いでた』って噂にしたほうが事実だし、派手な噂になるはずなのに。


……手紙に書かれてた『不倫』という言葉だって、よく考えたらおかしい。


店長はこの辺りでは『コンビニの店長は独身でイケメン』だって有名だけど、噂にもならない私が既婚者だと知っているお客様は殆どいないはずだ。


どちらも私のことをある程度知っている人じゃないと、こんな嫌がらせはできないはずだ。


そう思った瞬間、急に背筋が凍るような感覚に襲われた。


私はこの感覚を、恐怖をよく知っている。


……怖い。


あの時と……父が亡くなった時と同じだ。


ちゃんとした形は無いのに、べったりと執拗にまとわりついて来る……目に見えないその悪意が怖い。


急に顔色を変えた私に、すぐに気がついたのは店長だった。


「……あんた何を隠してる?」


有無を言わせぬ口調で問いただされる。


仙道さんの前なのに親しげに話しかけないでよ!……なんて憎まれ口を叩く余裕さえ無かった。

私はカバンに入れっぱなしだった手紙を取りだして、二人の目の前に広げて置いた。
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