ベビーフェイスと甘い嘘
その時ーー
ーートントン。
スタッフルームの扉をノックする音が聞こえた。
その音を聞いて扉の近くに立っていた九嶋くんが扉を開けた。
「ああ、やっと来た。奈緒美さん、迎えが来たから。これ以上は話しても無駄だと思うから、もう帰って」
「でも……私、智晶ちゃんとも……」
「必要ない」
スタッフルームに入る前、九嶋くんはスマホを手にしていた。たぶん連絡をしたんだろうな……と予想はしていたけど、実際に直喜が迎えに来たのを見ると、自分でも驚くほど心が沈んでいくのが分かった。
配達の途中で呼び出されたのだろう。店のエプロンを着けたままの彼は少しだけ息を切らしていた。
本来はこの辺を回る予定は無かったのかもしれない。
「智晶さん、連絡ありがとう。それと……迷惑かけてごめんなさい」
直喜は九嶋くんと私に向かって頭を下げると「奈緒ちゃん、帰ろう」と、まだ何か言いたげに九嶋くんを見ていた奈緒美ちゃんの手を引いて、すぐにスタッフルームから出て行ってしまった。
思えば、直喜の姿を見るのはお盆の日以来だ。ずいぶん久しぶりに会ったような気がする。
あの日から、私の生活はすっかり変わってしまった。
嘘で塗り固めた穏やかな生活を……自分から壊してしまったから、私は自分の力で現実を生きていくことに決めた。
だけど、実際は店長や九嶋くんにこうして迷惑をかけているばかりで、自分の弱さに泣きたくなってしまう。
どうしようもなく弱いから……今だって直喜が私のそばにいてくれたらいいのに、と思ってしまう。
でも、直喜は奈緒美ちゃんのそばにいる。
……きっと、これからも変わらずに、ずっと。
『茜さんのそばにいたい』なんて……ほんとに直喜は嘘つきだ。