ベビーフェイスと甘い嘘
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「痛っ……」
左手の人差し指に鈍い痛みが走る。
「あー、切っちゃった……」
ため息混じりに呟いて、鮮血が滴る指先を口に含むと、苦々しい味が口いっぱいに広がった。
リビングに目をやると、さっきまで子ども向けのテレビ番組を見ていたはずの翔がリモコンを手に持ち、しきりにチャンネルを変え始めていた。
もうそんな時間なの……
焦りながらも、刻んだ食材ばかりが散らばったまな板を眺めながら、ついぼんやりとしてしまう。
『困らせるつもりは無かったんだけどな……ただ言いたかっただけだから』
九嶋くんの言葉を思い出す。
彼の告白を聞いた後で明らかに……私は困った顔をしてしまっていたのだろう。
そんな私を見て、九嶋くんは少しだけ寂しげな表情になった。
苦しんでいる顔も、寂しそうな顔もさせたくない。味方になりたい。
……確かにそう思っていたのに、私は彼の気持ちに応えることはできなかった。
もどかしい気持ちはこの指先のように、何一つ自分の思い通りにならなくて、ひどく苦々しい。