ベビーフェイスと甘い嘘
暫くして「……茜さん?」と、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「やっぱり茜さんだ」
ふわりと耳に届く柔らかな声。
その声で誰が来たのか分かってしまったから、俯いたままの顔を上げることができなくなってしまった。
ずっと項垂れるように下を向いていたから、通りかかる人なんて、全然見ていなかった。
先に気がついていたら、そっと逃げることができたかもしれないのに。
「どうしてこんな所にいるの?」
そう聞かれて戸惑う。
どうして……あなたは私が弱っている時に現れるの?
見つけないで欲しかった。
こんなぐちゃぐちゃでみっともない姿なんて、見られたく無かったのに。
彼はいつもの姿で側に立っていた。
Tシャツにジーンズ、その上に藍色の『ウサミ』のエプロン。
「……っ」
ぐっと唇を噛み締めて涙をとめて、無理矢理笑顔を張り付けて顔を上げた。
「珍しいね……こんな所で会うなんて」
笑顔が引きつっている。
まるで、全身が笑顔になることを拒否しているみたいだった。