ベビーフェイスと甘い嘘

***

「あれっ?茜さん!?茜さんだー!!」


芽依が退院する前日、荷物を引き取りに病院に来たものの、授乳中だと言われデイルームで待つことにした。

扉を開けた瞬間に、部屋の奥からこちらに向かって賑やかに手を振る人がいた。


名前も呼ばれているし、声だって聞き覚えがあるけど……


「まっ、鞠枝……さん?」


……で合ってるよね?


「そうですよ?どうしたんですか?……何か私の顔についてます?」

「茜さんはどうしてここにいるんですか?誰かのお見舞いですか?」


いや。付いてるって言うより、むしろ……


「ふっ。鞠枝、付いてるんじゃなくて色々足りないんじゃないかな?今素っぴんだろ」


鞠枝さん(と思われる人)の隣にいた男の人は、私の今の気持ちを的確に説明してくれた。


いつもふっさふさの睫毛のボリュームも足りなければ、眉毛の長さも足りないし、目も一回りほど小さく見える。


そっか!と言いながら明るく笑う鞠枝さん。おおらかな性格は、芽依ととてもよく似ている。


「妹が出産して明日退院だから、かさばる荷物だけ取りに来たの。鞠枝さんもお子さん生まれたのね。おめでとう。確か、男の子だったよね?」


「はい。一昨日の夜中に入院して、昨日の夕方にようやく。……もう、暫く子どもは産みたくないです」


いつも爛々と輝いている瞳が、出産を語った瞬間に死んだ魚のように澱んだ目に変わる。


……なかなか大変な出産だったようだ。
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