ベビーフェイスと甘い嘘
「……灯さんは、積み上げてきたしあわせが嘘だったって気がついても、簡単に手放す事ができるのね」
「私はね……あなたに会ったその瞬間に、今までのしあわせが全部嘘だったって分かったの。だけど私はね、一生『しあわせ』だって嘘をつき続けようって決めたのよ」
……気のせいだと思いたかった。
何度か……たぶん、無意識に呼び間違えられた自分の名前。
その名前と同じ名前を持つ人が目の前に突然現れた瞬間の、驚きと絶望すらも。
愛して信じた人が、自分を愛していないと知った哀しみを。
……知ってしまったからと言って、私にはもう後戻りをする事も手放す事もできなかった。
灯さんがもし修吾の事を再び必要としたら、きっと私だけが捨てられる。その気持ちは何年経っても消えなくて、ずっと怯えていた。
「最初からこの結婚が嘘だって分かってて、それでも必死に『しあわせ』だって思い込んで嘘を積み重ねてきたの」
「だけど、修吾はあっさりあなたの所に戻ったんだもの……私、翔がいなかったらたぶんおかしくなってた」
修吾と灯さんの距離が縮まった時、どう足掻いても私は修吾には愛されないことを知った。
何年も何年も心の中で流し続けた涙は出口を失って、涙の中で意識が溺れていった。