ベビーフェイスと甘い嘘
「ははは……旦那には言いたい事を言えなかったくせに、俺には言いたい放題だな」
にっこりと笑いながら言い切った私の顔を驚いた様子で見つめた後で、店長は声を上げて笑った。
やっぱり、この人とは遠慮なく言いたい事を言い合えるようなこの距離が一番いい。
必要以上に仲良くしたり……胸を借りる必要も無い。……それに……
「当たり前じゃない。私だけ言われっぱなしなのは癪に障るもの。あと、誰かの胸なんか借りなくてもいいの。私には翔がいるから。辛い事があったって、翔の顔を見たら笑顔になれるんだから。子どもって、凄いのよ」
私の言葉を聞いて、笑っていた店長の顔がふと何かを思い出したような表情に変わった。
「……子どもが凄いって言うよりも、母は強しって感じだけどな。俺の母親も、そうやっていつも笑顔で弱音を吐かないで俺と弟を育ててくれた」
「だけど、泣きたい時だって絶対にあったと思う。茜さんは辛い事があっても翔くんといると笑顔になれるんだよな?……じゃあ、悲しい時に泣ける場所はあるのか?」
その言葉に、思わず足が止まる。
ーー『泣きたくなったら、俺の所においで』
一瞬だけ、心の内側に染み込んだ優しい声を思い出しかけて……慌てて首を横に振った。
「大丈夫。……もう涙は全部流れたから。だから泣ける場所は無くても、まだ大丈夫」
私は、店長にそう返事をしながらも、自分に言い聞かせるように何度も心の中で『大丈夫』と繰り返していた。