ベビーフェイスと甘い嘘
「……俺は、ここにコーヒーを買いに来てるただの客だよ。茜さんに会いに来てる訳じゃないって……そう思ってもらえないかな?」
……直喜?
一瞬、言われた事の意味が分からなくて、溢れそうになっていた涙が落ちる寸前にピタリと止まった。
「……平気なんかじゃない。平気な訳ない。俺の気持ちを勝手に決めつけられて、拒否されて……平気でいられる訳がないよ」
「俺は今まで茜さんの苦しい心を救ってるんだと思ってた。最初は涙を止めようとして、でも涙を流した分だけ心が軽くなるんだったら、今度は好きなだけ泣けばいいって、そう思うようになった」
「……だけど違ってたんだよね。やっぱり泣きたくないって。苦しいって……俺と会うと苦しくなるって……勝手に救った気になってたから、聞いた時は、頭の中が真っ白になるくらいショックだった」
「何度も思ったんだ。負担になるくらいなら離れようって。……でも、無理だった。散々振り回したくせに、何言ってるんだって話だよね……でも、俺が無理なんだ、どうしても。……茜さんに会えなくなるのだけは嫌なんだ」
「だから俺が来たって思わないで。客が来ただけだって……そう思ってよ。もう話し掛けないから。……ただ『いらっしゃいませ』って……それだけでいいから笑顔で迎えて。嘘の笑顔で構わないから」
いつもの柔らかな声とは違う必死な声に驚いて、うつ向いた顔を上げる。
「これから茜さんが誰のそばにいても、どんな人生を生きても……茜さんの涙だけは俺のものだよ」
「……だから、涙を流してこれ以上苦しまないで。…………お願いだから、俺以外の誰かの前で涙を見せないで」
ーー直喜は、やっぱり私の思った通りに笑っていた。
でも、その顔はいつものつかみ所の無い笑顔ではなくて…………
今にも泣き出しそうなほど哀しい顔で、彼は笑っていた。