ベビーフェイスと甘い嘘
寂しそうな祖母が可哀想で、元気になって欲しくて、つい言ってしまったんだ。僕はピアノが好きだよって。
この時俺はまだ4歳だった。
祖母の事は好きだったけど、正直言ってピアノはあまり好きじゃなかった。
家の中でいるよりも、外で遊び回っているほうが好きな活発な性格で、幼稚園では周りの友達を巻き込んで先生にイタズラをしては、怒られてばかりいた。
だけど祖母にそう言ってからは、とにかく祖母の喜ぶ顔が見たくてピアノを弾き続けた。
祖母の血筋なのか……幸か不幸か、祖母が夢中になって教えるくらいの才能が自分の中には眠っていたらしい。
とにかく他の道なんて考える余裕すら残されないほど、ピアノ漬けの毎日になった。
小学生になって幼稚園みたいに祖母が迎えに来る事が無くなっても毎日離れに顔を出し、レッスンを受けてそのまま夕飯も祖母と一緒に食べるようになり……
そんな事を繰り返しているうちに、面倒になって離れに住んで学校に通うようになった。
その頃兄は野球を始めて家族はそっちに夢中になって、俺の事は段々と祖母に任せっきりになっていった。
俺も本当は野球がやりたかった。
だけど祖母を悲しませるような気がして、その願いを口に出すことは出来なかった。
祖母はそのうち俺の生活全てに干渉するようになっていった。
祖母が学校に交渉して指に影響のある体育の授業を受けさせなかったのも、祖母以外の家族は誰も知らない。
一日俺が何時間ピアノに向かっていたのかも。
……いや、もしかしたら既に祖母も分からなくなっていたのかもしれない。
この生活が異常だとも思わずに受け入れて、祖母の内側に潜んでいた異常に気がつく事もできないまま、少しずつ、少しずつ祖母は静かに壊れていった。