ベビーフェイスと甘い嘘
そんな俺達の生活の異常さに気がついたのは、家族ではなくて兄の彼女だった。
***
「ねえ、直喜くんだよね?……私の事、覚えてる?」
小学校からの帰り道、俺に突然こんな風に声を掛けてきた人がいた。
中学校の制服を着た女の子。
その子は、「知らない」と言って通りすぎようとした俺の腕を掴んで強引に『ウサミ』の店先まで引っ張って行った。
「ねぇ、おばちゃん。直喜くんに最後に会ったのっていつ?見て!直喜くん、凄く細いんだよ。ちゃんとご飯食べてないよ、絶対!!」
そんなに心配しなくてもお義母さんがいるから大丈夫だと言う母に、
「……おばちゃん。それ、本気で言ってる?!直喜くんの事、ちゃんと見て!」
凄い勢いで捲し立てた後で、驚く母親まで一緒に引っ張って、離れへと向かって行った。
***
後で聞いた話だけど、この時奈緒ちゃんは俺がどういう生活を送っていたのか何となく分かった上で、母に現実を見せる為だけに離れに連れて行ったらしい。
奈緒ちゃん家が当時住んでいたアパートは、実家よりも離れに近かった。
時折漏れ聞こえる程度だったピアノの音が、だんだん長い時間聞こえるようになって、最近では夜中に聞こえる事もあって心配になったらしい。