ベビーフェイスと甘い嘘

母親が見た『現実』ーー


祖母がいるはずの離れは、誰も居ないんじゃないかと思うくらいにしんと静まりかえっていた。

その中で身動ぎもせずピアノの前に座っていた祖母は、俺の姿を見つけると「おかえり、直喜。……あら、お客様?」と、奈緒ちゃんだけではなく、母のことも見ながらそう言って微笑んだ。



ーー祖母はもう、俺以外の家族の事が分からなくなっていた。



「いつからおかしくなったんだ?何でこうなったんだ?!どうして言わなかった!!」


父には責められたけど、俺にはそう言われる理由が分からなかった。



朝起きて……


台所に置かれているパンを食べて学校へ行って、帰って来たらピアノの前に祖母が座っていて、レッスンが始まる。


暗くなってお腹が空いたら祖母と一緒に用意『された』ご飯を食べるけど、用意されていなかったら、そのまま眠ってしまうこともあった。


何年か前から足を悪くしていた祖母は、買い物には行かずに宅配を利用していた。


洗濯はかごを持ったり干したりが大変そうだったから、今は全部俺がやっていた。やり方は、ここで暮らし始めた時に祖母から教えてもらっていた。


お風呂は、祖母が湯船をまたげず入れないからためない。シャワーを済ませて、別々の部屋で眠る。


時々「いつまで寝てるの?」とまだ暗いうちに起こされて、ピアノの前に座らされる事もあった。


最初は驚いたけど、学校に行く時間だと話すとレッスンは止めてもらえたから、そのうちに慣れてしまった。

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