ベビーフェイスと甘い嘘
高校に入る頃には、祖母はもう自宅で生活する事が難しい状態になり、施設に入ることになった。
ピアノのほうは、祖母が病気だと分かった時点で、昔懇意にしていたピアニストの人に教室を紹介してもらい、続けることができていた。
ちなみに、そのピアニストは今の俺の師匠でもあるのだけれど。
祖母が施設に入ってからも、俺は一人で離れに住み続けた。祖母の居場所を守りたかったのもあるけれど、もう家族とは一緒に暮らすのは難しいと感じていたからだった。
一方で、この出来事をきっかけに、ピアノしか知らなかった俺にもう一つの世界ができた。
仲間と過ごす時間。
奈緒ちゃんがいなかったら、たぶん一生知る事ができなかった、優しい世界だった。
この時間が無かったら、俺は祖母が祖母でなくなっていくのを正気では受け止められなかったかもしれない。
奈緒ちゃんが間に入ってくれたおかげで、母と勇喜とは普通の家族のように会話はできるようになったと思う。
だけど、父とはどうしてもうまくいかなかった。
元々ピアノに関心の無かった父は、祖母が居なくなっても俺がピアノを続けている事に、あまりいい顔をしなかった。
『ピアノは女、子どもの習い事』『男なら身体を動かせ』
こんな言葉を平気で口にできる人だ。
音大に入って将来は音楽に関わる仕事をしたいと言った時も、当然頭ごなしに反対された。