ベビーフェイスと甘い嘘

あの日の夜の事を思い出す。

「アカネさん」と名前を呼ばれ、驚いて振り向いた途端に唇を塞がれた。

その後だって、私が何か疑問を口にしようとする度にその形の良い唇を上げてニヤリと笑いながら『何も言わせませんよ』とでも言うように唇を塞いできたから、最後のほうには息をすることすら苦しくなってしまったのだ。


「また質問します?」

私は激しく首を横に振る。
そんなに毎回毎回内側を深く貪られるような……言葉ごと飲み込むような、あんなキスをされたらこっちの身がもたない。


「そう、残念」

ナオキは涼しい顔でそう言った。

「慌てなくてもそのうち分かりますよ。名前はもう分かってるでしょ」

「ナオキが本名ならね」

「だから俺は嘘はつかない、って言ってるじゃないですか」

くすくすと笑いながらそう言うと、

「着きましたよ」と一軒のお店の前で車を停めた。

いつの間にか車は大通りを逸れて住宅地の中へと入っていた。

見上げると『sora(ソラ)』という看板が見えた。
煉瓦作りのお洒落な外観にちょっとだけ気後れする。最近は外食と言えばファミレスばかりだったから、こんな本格的なお店に足を踏み入れるのは何年かぶりだった。
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